Aimard ワークショップ |
"Le Projet AIMARD" 第三日目。「エマール、教え、語る」
第一部 『J.S.バッハ』
・平均律クラヴィーア曲集第1巻より第4番 嬰ハ短調 BWV849
○ 演奏:阪田知樹
・無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番 ニ短調より
〈アルマンド〉 編曲:菊池裕介
〈シャコンヌ〉 編曲:ブゾーニ
○ 演奏:菊池裕介
第二部 『現代音楽』
・武満 徹:雨の樹 素描Ⅱ
○ 演奏:阪田知樹
・ドビュッシー:《12の練習曲》より第10番
〈対比的な響きのため〉
・メシアン:《幼子イエスに注ぐ20のまなざし》より第11番
〈聖母の最初の聖体拝領〉
○ 演奏:菊池裕介
talk:エマール×菊池裕介×西巻正史
通訳:高橋美佐
三日目の土曜日は朝から一日中、わりと強い雨が降り続いていましたが、エマールによるワークショップ聴講のためトッパンホールへ。
すごく楽しみにしていたこのワークショップは全席自由席だったのですが、会場の30分前になると人が数人並びだしたので、私も扉の前に並んでました。それで私のすぐ後ろに並ばれた一人の女性の方と、並んでいる間少しずつお話を交わすようになり、すごく楽しくエマールの話などで盛り上がりました。彼女もこのシリーズ、4日間とも通われました。
会場時間になり、私は前日のリサイタルと同じ席は取れなかったので、舞台に向かって左側の席ですが、また最前列に座りました。そして最前列の真ん中4席は、「関係者席」となっていたのですが、時間になると、エマールと通訳の方がその関係者席に座ったのです!ああ、昨日の席だったらエマールの一席空けて隣りだったのに、などとちょっと思いましたが、そうなると隣りが気になって、ピアニストの演奏に集中できなかっただろうから、これで良かったかもです^^;
舞台には、二台のピアノが置いてあります。
余談はさておき、まずは第一部のバッハ、平均律を、阪田さんが演奏されました。もちろん普通に上手く弾いています。この方まだ、高校三年生ですが、優秀な方で将来が楽しみです。エマールは楽譜を見ながら聴いていました。彼の演奏が終わると、その一列目の席から、まっすぐ舞台に上がり、指導を始めました。このワークショップ、とても質が高くて、すごい高い水準を要求するエマールの言葉はちょっと一般人の私には難しかったのですが、エマールの耳の良さやエマールの音楽に対する考えが分かるとても興味深いものでした。
もちろんこの平均律1巻第4番は、単純なものではありませんねと。そこでエマールが、テーマの事、フレージングの事、音の強弱の事、さまざまな要素についてアドバイスをしました。フランス語の通訳の方も素晴らしかったです。そしてエマールの模範演奏もあり。それでもう一度彼に弾いてもらいましたが、エマールが大きな声で歌いながら、手で指揮をするような身振りをして指導していきます。これは貴重な光景です。エマールの歌声も聴けた!それにしてもエマールの言った事を全部加味しながら演奏するのって、至難の業に思えました。バッハは本当に難しい。
次は、菊池さんの演奏で、ヴァイオリンパルティータの編曲版。〈アルマンド〉は菊池さんご本人による編曲でした。この方は、現在は演奏活動と共に、東京芸大、東京音大にて講師もしておられます。パリ国立高等音楽院で学ばれ、作曲も勉強なさったようです。パリから帰国後は、メシアン生誕100年プロジェクトなどの活動を展開。また「B-A-C-H 変貌するバッハ、ピアノ・トランスクリプションズ」を展開し、独自の解釈を提示。という経歴もある方です。
彼自身が編曲したという〈アルマンド〉について、エマールは色々と何か言う事があるようで、「私が菊池さんだったらこのように弾くんじゃないかなと想像して弾いてみます」と言って演奏しました。私には細かい事はもちろん分かりませんが、やはり菊池さんがプロであるというので、ますます高い水準の事を説明していました。ブゾーニ編曲の〈シャコンヌ〉も、もちろん彼は上手く弾いているのですが、エマールの求める要求は、物凄い高いレベルのものでした。素人の私には上手く説明できませんが、とにかく面白かったです。
それに続き、エマールと菊池さん、そしてトッパンホール企画制作部長の西巻氏とのトークがありました。エマールがバッハを演奏するに当たっての取り組み方、またモダン楽器であるピアノで、バッハの時代の曲を演奏する難しさや工夫などなど。それから西巻氏が、今後も続くトッパンホールとエマールとの企画の中で、そのうちにバッハを取り上げるかも?ですね、との言葉もあり。ぜひ、そのうちにやって頂きたいです。ちなみに2012年は、ドビュッシーをテーマにした "Le Projet AIMARD" が既に計画されているそうです!また11月の予定です。
さて15分間の休憩をはさんで第二部の現代音楽へ。
まず阪田さんが、武満徹の曲を演奏。私は初めて聴く曲でした。でも何だか素敵な曲です。客席で聴いていたエマールが壇上に上がり、阪田さんが右手と左手の出だしの音を微妙にずらして弾いていることを指摘。彼は響かせ方を工夫すべく、意図的にずらして弾いたそうですが、エマールがそれを指摘しました。「指揮者が、オーケストラの各楽器に対して、そのようにずらして演奏させることがあり得ますか?」と。「指の一本一本、各声部を、それぞれ別の楽器だと思って、あなた自身が指揮者になったつもりで、合わせて弾いて下さい」と。その指摘どおりに直して弾くと、「良くなりましたね」と言われました。他にもこの曲を弾くに当たって、色々な指導がありました。私が細かく覚えていないのが残念です。
またエマールが、武満徹の曲の演奏(確か初演だったか?)を頼まれたときのエピソードも聞かせてくれました。彼が数々の現代作曲家から、作品の初演を頼まれる時に、まずその作曲家の前で一度演奏してみるけれど、多くの作曲家が、演奏の途中で何度も「違う、違う」と言って、中断させる。そして紆余曲折して、最終的には随分違った感じの作品が出来ることもあると。そういえば、エマールのDVDの中で、エマールがアメリカの作曲家、カーター氏のところで初めて彼の作品を弾いてみた時にもそんな感じで、エマールが弾いていると、カーター氏が止めて楽譜とは違う指示を出したり?それによって、エマールが楽譜に書き込みを入れているシーンがありました。そんな感じだろうと推測します。
しかし、武満氏はそういう時、エマールが最後まで演奏するのを黙って聴いていたそうです。そして演奏が終わったら、「いいね」と言ってくれたそうです。でもエマールはそのような寡黙な作曲家とはあまり付き合っていないので、逆に何かを言って欲しいと思ったとか、その時の事を話されました。
そして、若い人にはぜひ、バッハと現代音楽に取り組んで欲しいとも。この阪田さんはまだ高校生ですが、とても貴重な機会だったと思います。
それから、今度は菊池さんによるドビュッシーの練習曲から一曲と、メシアンのまなざしより一曲が演奏されました。今回の「バッハと現代音楽」というテーマはエマールの指示だったそうですが、この二人のピアニストはそれぞれ、そのテーマの中で自分が弾く曲を選んで持ってきたそうです。特に私が印象に残ったメシアンの曲について書いておきます。菊池さんがこの曲を弾いて、エマールがまず、日本でメシアンをこのように弾いてくれるピアニストがいる事を嬉しく思いますと言ってから、いくつか私のアドバイスをと、エマールが模範演奏を交えながら、この曲に関しての説明をしました。菊池さんはフランス留学されたので、フランス語もダイレクトに分かるようです。
「この音は、幼子イエスの心臓の鼓動の音を表しているのだ。決してピアニストが自分のヴィルトゥオーゾを強調する音ではないのです。」などなど、この曲が具体的に表すものや、情景の事などを話でされ、そして技術的なこともいくつか。エマールが教えてくれたことを全て踏まえて弾く事は、やはりとてつもなく高いハードルのように思えます。でも、非常に興味深い語りでした。
予定の時間をオーバーするくらい、エマールの指導も熱を帯びてきたところで、また3人によるトークが始まりました。菊池さんは、現代音楽というのに、なぜ、一曲はドビュッシーを選んできたのかというと、彼に、この話が来たのがわりと差し迫った時期で、一ヶ月程で準備してこの場に持ってこれる現代曲らしいものは、メシアン一曲しか無かった(それだけ現代曲をきちんを弾くのは難しいという事)。そして現代曲に通じる曲として、ドビュッシーのエチュードから一曲を選んだそうです。と言っても、彼もフランスでかなり現代曲も勉強しているはずだし、もっと若い頃はそのレパートリーも多かったはずであろうと。しかし、なかなか現代曲は、演奏会のプログラムとして求められないために、最近は古典からロマン派あたりの曲のレパートリーに取り組む時間が多くなった・・・・。
この言葉にエマールは少し提言を。若い演奏家に関して、興行的に求められるものばかりを実行するのではなく、世の中にはまだ知られていない素晴らしい作品が山ほどあるので、そういうものに取り組むように頑張って欲しいというような旨を話されました。一般的にショパンからラフマニノフまでのレパートリーが多く求められるし、多くのピアニストもそうしているというのを、ちょっと嘆いているようでした。(確かに九州などの地方ではもう本当に、コンサートでもいつも同じ数曲のヘビー・ローテーションが多くて、それは私も残念に思っています。)
もっとたくさん他にも魅力的な音楽が存在していて、その魅力を伝えようとの使命を担っているのが、まさにエマールです。私はこの事を、エマールに心から感謝したいです。
また私がこのワークショップで思ったのは、一体エマールはどれ程のすごい能力があるのだろう?と底知れぬ凄さを思い知った時でもありました。演奏の難しさで言うと、バッハも、複雑なポリフォニーなど、きちんと演奏するのは相当難しいものだと思います。その一番困難であろうバッハと、そして現代音楽をテーマにするところもまた、エマールらしくて、本当に面白いワークショップでした。そしてエマールの計り知れない知性と才能、また努力を垣間見た時でもありました。そして、エマールは教育者としても非常に素晴らしい先生であり、人間的な魅力もあり、常に真摯に音楽に取り組んでいる尊敬すべき音楽家なのだとあらためて思いました。
このワークショップは、予定より30分近く時間がオーバーしましたが、内容が濃く面白い内容に、みなとても熱心に聞き入っていました。しかし悪天候のせいや、内容の告知が遅れたためか、ほんの3,4割程度しか客席が埋まっていなくてもったいない感じでした。
でも今後もぜひ、エマールが来た時は、ワークショップもやって欲しいと願います。エマールの音楽を理解する助けにもなると思いました。終演は10時近くになっていましたが、あっという間でした。
終わってから、会場前に知り合ったEさんとこの日の感想を話しながら、楽しく帰りました。
※追記
いつもとても工夫を凝らしたプログラムについて西巻氏がたずねると、エマールは「ただ関連の無い適当な曲を並べて弾くだけではお客さんに申し訳ない。観客の皆さんも、時間の都合をつけ労力などを費やして演奏会に足を運んでくれるのだから、こちらも曲のつながりなどをよく考えて提供して、お客さんの期待に応えたい」。と言われました。
すごい高い次元での音楽を提供してくれる本当に才能に溢れた人なのに、謙虚でもあり、いつも考えに考え抜かれたプログラムを用意してくれるエマール氏に感嘆するばかりでした。
それから音楽事務所のツイッター情報にて嬉しい報告が。
http://twitpic.com/7i3q70
バッハの企画があったら、私もぜひ聴いてみたいです。
それから、エマールさんのリストアルバム、レコ芸で絶賛されているそうですね!レコ芸を購読している友人から聞きました。
やたら長い割りに、私のボキャブラリーの少なさと文章力の無さゆえに、分かり難いレポートになってしまったと思いますが、読んで下さって、ありがとうございます。
本当に素晴らしい内容で、期待以上でした。これがたったの千円で聴講できたとは!
そうですね、バッハの企画がある時は、ぜひgalahadさんもお越し下さると嬉しいです♪
ところで、私はレコ芸は読んでいないので知らなかったのですが、そうですか!それは嬉しいですね♪本当に私も素晴らしいと思っています。嬉しいご報告、ありがとうございます!